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活動報告program

第4回 特別研修霊場巡拝 18番慈眼寺~19番立江寺・別格3番慈眼寺


  阿波一国まいり第二回 さぬき市・・バス・・18番恩山寺から19番立江寺 難易度★ 8.5Km
 参加者 14名:18番(恩山寺)=4.4Km=>19番(立江) 坂本地区 =6.8Km=>慈眼寺

 さて、今日は第二土曜日ということで、「平成29年度特別研修」ということで、徳島の四国霊場を歩いて回る研修を行っており、今月は第4回で、18番恩山時から19番立江寺を歩くことになっている。恩山寺までは貸し切りバスである。

 

 私ら数名は、高松自動車道の「津田の松原サービスエリア」からの乗車になる。それが、今回は午前6時集合で6:10分出発。本隊はさぬき市役所 午前6時出発。

 

 途中のコンビニでトイレ休憩をしたり、お弁当やら水分の補給をしておく。その後、徳島県小松島市田野町にある18番札所の恩山寺。創建は聖武天皇(在位724〜49)の勅願により、行基菩薩が草創して、当時は「大日山福生院密厳寺」と号した。本尊には行基菩薩が薬師如来像を彫造して安置し、災厄悪疫を救う女人禁制の道場であった。十九番霊場に向かって下る「花折り坂」という坂から上には、女性が入ることは許されていなかったのである。

 

 延暦年間(782〜806)になって、弘法大師がこの寺で修行をしていたころという。大師の生母・玉依御前が讃岐の善通寺から訪ねてきた。だが、寺は女人禁制、大師は山門近くの瀧にうたれて17日間の秘法を修し、女人解禁の祈願を成就して母君を迎えることができた。やがて母君は剃髪をして、その髪を奉納されたので、大師は山号寺名を「母養山恩山寺」と改め、自像を彫造して安置され「我が願いは末世薄福の衆生の難厄を除かん」と誓われた。弘仁5年(814)ころのことと伝えられる。
 寺は「天正の兵火」で焼失しているが、江戸時代になって阿波藩主の庇護をうけて繁栄し、現在の本堂や大師堂は文化、文政年間(1804〜30)ころに建立された由緒ある建造物である。境内には玉依御前を祀る小堂があり、母君に孝養をつくして、大師が植樹した「びらんじゅ」は、県の天然記念物にもなっている。母君を慕いつくした大師のこころが、いまも宿っているような寺である。

 

 約4キロを歩いて到着したのが19番札所の立江寺で、高野山真言宗の別格本山。橋池山 摩尼院 立江寺という。「四国の総関所」として四国八十八ヶ所の根本道場といわれ、また「阿波の関所」としても知られる。縁起によると、聖武天皇(在位724〜49)の勅願で行基菩薩によって創建された。勅命により行基菩薩が光明皇后の安産を祈るため、念持仏として5.5センチほどの小さな黄金の「子安の地蔵さん」を彫造した。これを「延命地蔵菩薩」と名づけて本尊にし、堂塔を建立したと伝えられる。弘仁6年(815)、弘法大師が当寺を訪れ、このご本尊を拝した。大師は、あまりに小さなご本尊なので、後世になって失われる恐れがあると、自ら一刀三礼をして新たに像高1.9メートルもある大きな延命地蔵像を彫造され、その胎内に行基菩薩が彫ったご本尊を納められた。このときに寺名を「立江寺」と号した。当時は現在地より西へ400メートルほど山寄りの景勝地にあって、七堂伽藍を備えた巨刹であったといわれる。

 

 「天正の兵火」(1575〜85)では立江寺も逃れられず、壊滅的な打撃を受けた。だが本尊だけは奇しくも難を免れている。のち、阿波初代藩主・蜂須賀家政公の篤い帰依をうけ、現在の地に移って再建された。また、昭和49年の祝融の災にもご本尊は救い出されている。昭和52年に再建された本堂の格天井画(286枚)は、東京芸術大学の教授等により花鳥風月などが描かれており、観音堂の絵天井とともに昭和の日本画を代表する文化財であると高く評価されている。寺伝の「釈迦三尊図」は、国の重要文化財指定品である。 邪悪な心を裁く関所寺の半面、「子安の地蔵尊」「立江の地蔵さん」と親しまれている。

 

 今日のメインの研修はここでおしまい・・・の筈。ところが、付録のおまけの研修が大変なことになった。一行を「坂本地区」というところで下ろして、バスは、「別格3番札所、慈眼寺」に向かっている。それがまた、狭い道で急カーブの連続で・・・。

 

 慈眼寺は徳島県勝浦郡上勝町に所在する高野山真言宗の寺院。山号は月頂山。詳しくは、月頂山 宝珠院 慈眼寺と号する。本尊は十一面観世音菩薩。別名「穴禅定の寺」。四国八十八箇所霊場第二十番札所奥の院、四国別格二十霊場三番札所。ここに着いたのは、まだ午前10時過ぎ。歩き部隊は2時間後でないと到着しない。

 

 これが、穴禅定に入る試験用の板・・・。これを通れないと、穴禅定には入れない。間隔は約28センチだという。私ははなからおなかがつかえて、ここにも入れない。見ていた住職さんが、「おなかをひっこめて・・」というのだが、脂肪がたまっているのと胸水が貯まっているので引っ込んだり凹んだりはしない。「おなかをゆっすって。。」と言われてもぴくりともしない。

 

 トイレに何度も行って胸水を抜くのだが、少しもおなかには影響しない。歩き部隊が到着したのは12時少し前。早速に水分補給と冷房の効いたバスに飛び込んで休憩して昼食。

 

 検査に合格した8名が、よごれ防止用の白衣に着替え、手にはろうそく1本きり。メガネも携帯もカメラも禁止。真っ暗な闇夜の世界に、そんなものは必要ない。「あたまを下げて・・」の伝言ゲームで暗闇を進むのだとか。

 

 とにかく、自分のわがままや意地や見栄やらが一切通じない世界。お先達さんの言う通りをしないと暗闇からは出られない。「右や右や右やで・・。あんた、それは左やないか!」、「下や下や、横向かんかい・・」と、叱られっぱなしだそうだ。

 

 12時半過ぎに穴禅定に向かって、戻って来たのは14時過ぎ・・。みんな、すなおになって、この笑顔・・・。自我や欲望を捨てると、こんなにもいい顔になれるのか。ちなみに、カメラマンの私の顔は、待ち疲れて鬼のような顔だった。

  




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